クウガ以降の「仮面ライダー」は嘗ての宇宙刑事シリーズの位置付けか?
戦隊モノが小学校低学年辺りをターゲットにしているのなら、「仮面ライダー」シリーズの方は小学校高学年以上をターゲットにしているようである。つまり、嘗ての宇宙刑事シリーズに相当するものであると言える。尚、本文中にて鉤括弧付きの「仮面ライダー」とはクウガ以降の仮面ライダーシリーズを指すものとしている。
宇宙刑事と「仮面ライダー」の大きな違い
しかし、宇宙刑事シリーズと「仮面ライダー」シリーズとでは随分と趣を異にしている。宇宙刑事シリーズはきちんと勧善懲悪のストーリーとして描かれている。一条寺烈にせよ、伊賀電にせよ、沢村大にせよ、真面目で正義感の強いヒーローという意味では共通している。
それに対し、「仮面ライダー」シリーズの方は、最初のクウガは比較的昔ながらの仮面ライダーシリーズに近いものがあったが、アギト以降、単純な勧善懲悪とはなっていない。アギトの敵「アンノウン」は人類滅亡ではなく、自分達を脅かしかねない人間のみを選んで抹殺するという行動パターンだし、龍騎に至っては13人の「仮面ライダー」同士がバトルロワイヤルを繰り広げるという正義も悪もないような話である。
更に、ファイズの「オルフェノク」は善意で人類滅亡を図っているのが、他の人類滅亡を図っている組織とは一線を画している。尤も、村上峡児(ローズオルフェノク)の詭弁とも言えるが。ブレイドと響鬼はきちんと見ていなかったので、何とも言えないが、少なくとも単純な勧善懲悪ではない。
特撮ヒーロー番組は教育番組である
そもそも、戦隊シリーズやメタルヒーロー、ウルトラマンシリーズ、そして仮面ライダーシリーズにせよ、本当のターゲット層は子供達である。つまり、ヒーロー番組は一種の教育番組であると言える。まあ、玩具メーカーの販促番組でもあるとも言えるが。今の特撮番組はその「教育番組」としての部分を等閑に、「販促番組」としての部分を強化しすぎている嫌いがある。否、「仮面ライダー」シリーズの場合、玩具の販促番組ではなく、映像作品(DVDなど)の販促番組と化している。作品が「大人向け」になってしまっているからだ。
単純な勧善懲悪では平板化してしまう危険があるが
ただ、全てのヒーロー番組が単純な勧善懲悪で作られ過ぎるのは特撮作品全体にて、平板化の危険がある。そこで、差別化を図る戦略が採られる。ウルトラマンシリーズの場合、初代ウルトラマンの段階で、「ウルトラマンは破壊主義者」というような論文が発表された影響もあり、暴れ回る怪獣や侵略を試みる超人的な異星人を懲らしめるだけの勧善懲悪路線からいち早く離脱し、怪獣が暴れることや異星人の侵略について色々な理由付けを行い、単純な勧善懲悪路線ではない方向に行った。しかし、ウルトラマンシリーズの本質はやはり、勧善懲悪にある。
戦隊シリーズの場合、複数人でチームを組み、敵に立ち向かうというコンセプトがそもそものゴレンジャーにあったのだが、メンバーの1人に絞った人間ドラマを組み込むなど、複数人チームヒーローとしての特性を生かしたものとなっている。しかし、戦隊シリーズも本質は勧善懲悪にある。これはゴレンジャーからボウケンジャーに至るまで、変化のない伝統でもある。
また、最近登場し出した超星神シリーズやシリーズ化の可能性のある「リュウケンドー」もギャグとユーモアと人情を絡めたようなものであるが、やはり勧善懲悪というところは変化がない。
今の「仮面ライダー」は嘗ての仮面ライダーシリーズはおろか、メタルヒーローの伝統すら受け継いでいない
クウガ以前の仮面ライダーシリーズやメタルヒーロー(宇宙刑事シリーズやレスキュー刑事シリーズ)もまた、ディテールは異なれど、本質においては勧善懲悪である。しかし、アギト以降の「仮面ライダー」シリーズはその勧善懲悪路線をかなぐり捨てた嫌いがある。詳細は最初に書いた通りであるが、その最たるものが「仮面ライダー龍騎」であることは論を待たない。
教育番組ならやはり勧善懲悪を基本に据えるべきである
最近、「国家の品格」(藤原正彦著・新潮親書)という本がベストセラーになっている。この本の中で著者は論理には出発点が必要であると言い、その出発点を正しく定めるためには正しい倫理観が必要であると主張している。つまり、正義とは何か悪とは何かを教える教育が必要であるというのである。特撮ヒーローものが一種の教育番組であるのなら、形はどうあれ、勧善懲悪を基本に据えるべきである。熱血空回りタイプはともかく、天道総司(仮面ライダーカブト)みたいに周囲の人間を見下すような不遜な態度や風間大介(仮面ライダードレイク)みたいな差別行為、先週から新たにザビーになった影山瞬みたいに己の地位や組織のために犠牲を作り出したりすることをするような奴などは徹底的に否定されるべきである。何故なら、これらは世間一般では「悪」と見なされることだからである。
ここ最近の「仮面ライダー」シリーズは余りに正義や真面目さ、誠実さを否定するような作品が多い。大人の目から見れば、今の不条理な社会を風刺したものと見ることもできるが、純真な子供達の目から見れば、恐らく、天道や風間、影山のようなのも「正義のヒーロー」としてしか見られないだろう。
私は、以前、「正統派ヒーロー路線となることに期待したい」と書いたが、現状を見てみると全く逆の方向にさえ進んでいるように見える。ただ、救いなのは、一時期ザビーになっていた不器用な熱血漢の加賀美新がいることだ。救いようのない悪人どもがヒーローになってワームとかいうグロテスクであるが、どこか無邪気な悪戯っ子のような迷惑野郎を懲らしめるという「ヤクザ(カブト、ザビー、ドレイク)対チンピラ(ワーム)」というような世界観の中において、加賀美新という不器用だが良識ある一般市民的な人物は一際存在感がある。子供達にはカブトより加賀美の方が本当のヒーローたりえる人だと知って貰えるような作品になることを祈りたい。




ブロ電から来ました。
いや〜良く分かります(笑)
我輩も!そう思ってみてます。
ブロ電からのご乗車有り難うございます。
またのご利用お待ちしております。